「データが整っていないからMIはまだ早い」は本当か?〜材料開発DXを最短で進める「逆転のアプローチ」〜
はじめに
「マテリアルズ・インフォマティクス(MI)に興味はあるけれど、うちはまだ実験データを紙や個人のExcelで管理している状態だから……」 「まずは全社のデータ統合基盤を作ってからでないと、AIなんて始められないですよね?」
MIや材料開発DXの導入を検討される際、こうした「データ整備の壁」で足踏みをしてしまう企業様が非常に多くいらっしゃいます。 過去の膨大な実験データがアナログな状態で眠っており、「これを全てデジタル化するだけで数年かかる」と途方に暮れてしまうケースも少なくありません。
確かに、AIにとってデータは燃料であり、整ったデータ基盤があるに越したことはありません。 しかし、「データ整備が完璧に完了するまでMIはできない」というのは、実は大きな誤解であり、機会損失でもあります。
前回の記事では、MIプロジェクトを着実に進めるための「標準的な6つのステップ(CRISP-DM)」について解説しました。 基本的にはあのサイクルを回すことが正攻法ですが、データが未整備な現場では、教科書通りに進めようとすると「準備」だけで力尽きてしまうことがあります。
そこで今回は、視点を少し変えて、「DX(デジタルトランスフォーメーション)」の3つの段階を整理しながら、あえて順番を変えることで最短距離で成果を出す現実的な進め方について解説します。
1. 言葉の整理:DXに至る「3つの階段」
よく使われる「DX」という言葉ですが、経済産業省の定義や一般的な解釈では、以下の3つの段階(Step)に分解されます。 弊社ではこれを、材料開発の現場に合わせて次のように定義しています。

Step 1: Digitization(デジタイゼーション)
「アナログのデジタル化(資産化)」
- 紙の実験ノートを手入力でExcelや電子実験ノートへ移行する。
- 測定器から出力された紙やPDFのデータを、CSVなどの数値データとしてPCに取り込む。
- 目的: 物理的な情報を「コンピュータが扱える状態」にし、データの資産化を図る段階です。
Step 2: Digitalization(デジタライゼーション)
「プロセスのデジタル化(効率化)」
- 個人のPCに散らばっていたExcelファイルを、部署の共有データベースやクラウドストレージに集約・一元化する。
- MI(AI)による実験条件の推奨(効率化)。
- 目的: デジタル技術を使って業務フローそのものを効率化・自動化する段階です。
Step 3: DX(デジタルトランスフォーメーション)
「価値創出・変革(攻めのDX)」
- MI(AI)による未知材料の探索・発見。
- 熟練者の勘と経験に頼っていた開発プロセスを、データ駆動型(データドリブン)へ移行する。
- これまでにない新材料を短期間で開発し、ビジネスモデルそのものを変革する。
- 目的: 単なる効率化にとどまらず、新しい価値や競争力を生み出す最終段階です。
※ポイント: MI(AI)は、使い方によってStep 2(実験回数削減などの効率化)にも、Step 3(人間では思いつかない新材料の発見)にもなり得ます。 つまり、MIはStep 2からStep 3へ駆け上がるための「エンジン」なのです。
2. 「順番通り」の罠:ゴールのないマラソン
教科書通りに考えれば、「Step 1(デジタル化)→ Step 2(基盤構築)→ Step 3(活用)」と下から順に積み上げていくのが正攻法に見えます。 しかし、R&D(研究開発)の現場において、これを真面目に実行しようとすると、多くの場合プロジェクトは頓挫します。
なぜなら、「何に使うか(Step 3)」が決まっていない状態で進める「データ整備(Step 1, 2)」は、ゴールの見えないマラソンのように過酷だからです。
- 「過去10年分の実験ノートを全て電子化しろと言われたが、本当に意味があるのか?(徒労感)」
- 「苦労して巨大な統合データベースを作ったが、検索しにくく、現場の研究員は誰も使っていない」
- 「いざAIで解析しようとしたら、肝心なパラメータ(撹拌速度や室温など)が記録されておらず、データベースが使い物にならなかった」
こうした「手段の目的化」が起きると、現場が疲弊してプロジェクトへの協力が得られなくなり、MI導入の機運自体が自然消滅してしまいます。
3. 逆転の発想:「MI先行アプローチ」のすすめ
そこで私たちが推奨しているのが、あえて順番を逆にする「MI先行アプローチ(Quick Win戦略)」です。
過去の遺産整理(全社データベース構築)は一旦置いておき、まずは手元にある「直近のプロジェクトのExcelデータだけ」を使って、いきなり Step 2・3(MIによる解析) を試してみるのです。
データが不完全でも、量が少なくても構いません。 「PoV(価値実証)」として、とりあえずMIツールに入れて解析モデルを作ってみると、次のような「具体的な要件」が見えてきます。
- 「あ、この物性を予測するには、原料の『粒度』や『純度』のデータが足りないんだな」→ (本当に必要なデータ項目の特定)
- 「合成条件よりも、実は『撹拌速度』や『冷却時間』が重要だったのか」→ (意外な因子の発見)
- 「今のデータ量(数十件)でも、これくらいの予測精度は出せるのか。これならスクリーニングには十分使える!」→ (可能性の発見)
このように、実際に解析を回してみることで初めて、「MIで成果を出すために、本当に整備すべきデータは何か」が明確になります。
成果を元に、土台を作る
MIを試して「これは使えそうだ」というQuick Winの感触が得られれば、それがStep 1(データ整備)を進めるための強力なモチベーションになります。
「粒度のデータさえ入力すれば、もっと精度が上がって実験が楽になる」と分かっていれば、現場の研究員も納得して面倒な入力作業に協力してくれます。 また、経営層に対してデータベース構築の予算申請をする際も、「単なる電子化」ではなく、「これだけの開発効率化が見込めるからです」と明確なROI(投資対効果)を示すことができます。
まとめ:まずはスモールスタートで成果を掴みにいく
「データが完璧に整う」日を待っていたら、いつまで経ってもMIは始められません。 そして競合他社はその間にも、不完全なデータながら走り続け、ノウハウを蓄積しています。
- まずは手元のスモールデータで MI(Step 2/3) を試す。
- そこで得た知見(足りないデータの特定や、可能性の確認)を持ち帰る。
- その知見を元に、効果が高い必要な部分だけに絞って データ整備(Step 1) を行う。
このサイクルを回すことこそが、無駄なコストを抑え、結果として最短距離で「真のDX」を実現する道筋となります。
弊社の材料開発DXプラットフォームは、AI解析ツールとしてだけでなく、研究開発のデータ管理基盤としても活用可能です。
プラットフォームへアップロード可能な形でデータを記録するルールを作れば、それだけで自然と Step 1(デジタル化) と Step 2(基盤構築) を進めることができます。 そして、そこにデータが蓄積されれば、Step 3(AI活用) はいつでもスムーズに試すことができます。
まずはトライアルで、「未来の基盤作り」の第一歩を体験してみませんか?
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